注)記事の日付は太陰暦を用いております

2016年01月27日

こぼれだね

師走十八日 晴れ

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 立春を一週間後にひかえて、ようやく、心も身体も動き始めてきたようだ。

 やりたいことは山ほどある。書きかけの計画ノートだけが増えていく。どこかに、自分の外側の姿かたちを気にする自分がいた気がする。体裁を気にする自分。見栄えを気にする自分。中身よりも先に梱包に頭を悩ます自分。そこに「自然さ」はない。悩みながら、探求しながら、歩き続けることが、「生命」のダイナミズムである。
 
 年齢とか、立場とか、そこにしがみついた途端に失われる探求心。小生は、足掻きつづけながらも、常に森羅万象に探究心が開かれている状態でありたいと願っている。そんな状態を、ワンダーフルネスと名づけてみた。心身、そして森羅万象に対しての自然体を探求する際、自分という存在は、常に仮の存在でなければならない。自分が固定された存在になってしまった時、発見、探求のプロセスは停止していく。「満ち足りている」と「欠けている」が全く同時に存在し、それに気づき続けるのが「ワンダーフルネス」である。
 
 こうした想いが伝わるだろうか、伝わらないだろうか、と考えるのもやめることにする。ただやる。そしてただやらない。そうした積み重ねこそが、自分が自然農の実践を重ねながら実感している「自然体」である。

 先日のつくし農園での「振り返り会」と称したワークショップ的な時間の中で、今年の目標をあげてみた。単なる思い付きではあったが、自分がだした言葉は、「こぼれ種のようにありたい」だった。こぼれ種。自然農の田畑でしばしばみられる、播いたつもりはないが、ついつい手元からこぼれてしまい、もしくは前年の作物が種をつけて畑に落ち、それらが勝手に発芽して成長した野菜。栽培した作物に比べて押しなべて生育がよく、自然農の仲間内ではよく見られる不思議な光景である。自然界の絶妙なる采配を目にする瞬間でもある。

 それらの種は、ただ落ち、時を待ち、自ずからのタイミングで発芽し、草々と共生しながら葉を伸ばし、たくましく生命を全うする。自分はそんなこぼれ種のようにありたいのだ。


 形は問わず、答えを先に出さず、発芽しそうな種をどんどん勝手に育てていく。きっと今年はそうなる。


 森羅万象をターゲットにした自然体研究所のスタート。活動として、マインドフルネス勉強会(現在活動中)、サーノ博士の心身症プログラムの読書会、つくば身体操法研究会の自主練会、シュタイナー思想の読書会、ベーシックエンカウンターサロン(話す・聴く・気づきのワークショップをもっと気軽に)、スラックラインの大人サークル、ホームスクーリングの地域ネットワーク立ち上げ、などなどなど。週の3日は自然農、残りの日々は、ワンダーフルネスをキーワードに、自然体探求。

 やるも八卦、やらぬも八卦。 さあ種は、いつ発芽するのやら。


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2016年01月03日

2086年

霜月廿三日 曇り時々晴れ
 
 あけましておめでとうございます。  

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 国際社会のために何かしらやってみたいと思って22年。
 自然環境のために何かしら貢献したいと思って19年。
 自然農と共に暮らしてゆきたいと思って14年。
 今の田畑と共に歩み始めて9年。
 
 なかなかいいペースで、同じ線上に歩みを進めてきた。

 大晦日の夜に長女が選んできた読み聞かせの絵本は、古事記の最終章の音読だった。新年の一歩は、ひとりで勝手に地球食(※記事末尾参照)と名づけた、我が家のスペシャルおせちで幕を開けた。第二歩目は、自然農の畑と田んぼに散歩しての、初詣だった。そして今日は、地球おせち(笑)を食べながらの、通常運行の豆の脱穀作業だった。
 
 
 今手元にある「麦とホップ」のホップは、大麦は、いったい誰が、どこで、どんなやり方で栽培したものか、知る術は無い。秋田の義祖母から届いた抜群に美味いリンゴは、いったい誰がどんな気持ちで育てたのか。おでんのつみれに仕立てたイシモチは誰がどこで(茨城産らしいが)釣り上げたのか。最近のスーパーではめったにお目にかかれない食品添加物フリーのさつま揚げは、どんな工場でつくられたのか。

 ほんの一昔、百数十年前の時代まで、私たちは、もっと小さく、狭く、顔の見える、手の届く、そして煩わしく、不便で、一部は不公平で、不条理な、世界に存在していた。西暦2016年、平成二十八年の今、私たちの世界は、大きく、広く、ネット上では顔が見える、しかし手は届かない世界であり、しかし相変わらず、煩わしく、便利で、いまだに不公平で、不条理なままなのだ。


 昨年、戦後70年を迎えた。今日の70年前の1946年、戦後の焼け野原に立つ日本人が、今の時代を想像することはできただろうか。さらに70年前は西暦1876年、明治9年。エジソンが白熱電灯を実用化したのはこの3年後である。日本ではまだ上下水道の普及もままならなかった。そしてその逆に、今から70年後の2086年とは。

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 日本人口の減少を危惧する人たちは、まだ1億3千万人キープしているべきと本当に思いますか? 世界の人口は100億をゆうに超えているのだとしたら、食糧問題は解決してますか? 化成肥料や石油由来の農薬、ガソリン重油が無ければ不可能な遺伝子組み替え作物の栽培はまだ続いてますか? 穀物を育てるエネルギーの何十倍も必要な牛肉をありがたがる文化も存在してますか? どこでもドア、タイムマシンは、完成してますか?
 私たちは、自分の人生に、そして子供たちの将来に、いったい何を望んでいるのだろうか。祖父母、両親たちの望んできたように、物質的、経済的における量的な向上は、今の自分も将来も、幸せとイコールですか? そのレール、その流れが70年続くと思いますか? 

 科学技術を否定せず、しかし有限性を認める。経済発展による利便性を否定せず、しかし持続不可能性も認める。そして現代社会の矛盾に目をそむけず、自分の内側にも真摯に目を向ける。
 
 新年を祝い、FacebookやSNSで幸せを他者とシェアしても、それは消費のシェアなのかもしれない。その消費活動は、現代社会の中では、絶対に、地球上の誰かの犠牲の上に成り立っている。人に対して、動物に対して、植物に対して。食物連鎖とかそういう意味ではなく、倫理的な、道徳的な意味での、実際にその者を不幸にしているという意味での犠牲だ。食料であれ、工業製品であれ、サービスであれ。

 何のために働き、何を食べ、何を排泄するか、そしてそれは世界とどうつながっているか。70年後は、おそらくどうあがいても、それらと向き合うことなく暮らすことはできない世の中になっているだろう。新年を祝う、そのワインは、その伊達巻の卵は、海老天の海老は、家庭を照らすLEDの材料は、いったい、今と同じように無意識的に消費して楽しむことが許される世の中になっているだろうか。世界は、地球はそこまで、絞り尽くされてくれるだろうか。


 だから、今、ここから、始めてみませんか?

 農作物にとって自然なあり方とは。
 社会環境にとって自然なあり方とは。
 身体にとって自然なあり方とは。
 心にとって自然なあり方とは。
  
 それは、新しく発明するようなメソッド(方法)なのではなく、これまで生きてきた人類が、様々に気づき、醸造し、語り継いできたもののなかにひっそりと隠れて存在している。決して難しくもなく、スピリチュアルなグッズを手に入れることでもなく、原始生活に没入するわけでもなく、今の自分からの一歩。ヒントはそこらじゅうにある。ただ一歩ずつ、今の自分を形作る一つ一つの要素に目を向けて、それは自然なあり方なのか、継続可能なあり方なのか、変えることが出来るとしたらどうすればいいか、それらを、自分で考えて見つけていくこと。ただそれだけで、70年後の世界は変わっているはず。

 自然農の田畑にふれることで、そう、確信するようになった。


 田畑と共にありながら、自然農からの想いを広げ、自然環境を守り、国際社会の未来を築く。高校生の頃からの想いが、逆回転しながら、また進み始めた。
 
 より、田畑の本質へ
 より、身体の本質へ
 より、心の本質へ

 言ってることはちょっとヤバイですが、ちょっとヤバいくらいじゃないと、70年後の将来なんて彩れるわけがない。やるしかない。


※食べ物から地球を見る。
 食べ物で地球と話す。
 その食事が、いったいどれほど自然に負荷をかけているか。
 その食事が、いったいどれほど自然を育んでいるか。
 大げさに言えば、そういう意識が、これからのトレンドになる。
 そういう意味で、満足度とエコロジーを両立させている
 我が家のおせちは、地球食なのです。

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2015年12月31日

手で祝う

霜月廿一日 晴れときどき曇り

 旧暦ではまだ少し先の新年ではあるが、我が家ももちろん大晦日。

 クリスマス明けから29日まで体調を崩し、家族も軒並み共倒れ、ろくに新年の準備もできずに大晦日を迎えた。昨日から大慌てで年越しにかかる。30日は、穴あき障子の入れ替え、おもだった部屋の大掃除、年末年始の食事の買出しで日が暮れた。明けて今日は、大洗濯(笑)と残りの大掃除。昼食の後、「今年は無理!」と諦めていた妻の御節スイッチに完全に火が点き、怒涛の台所大作戦に突入。つられてこちらも年越しモードが加熱し、おもむろに長女を連れて竹林に出かけ、あとは庭木でなんとやら。門松をこしらえることにした。

 
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 庭の梅に、ほんとうに、一輪だけの花が咲いており、やっつけ即席自家製門松に色を添えてくれた。


 門松の後、ヤギの小屋周りも長女次女も引っ張り出して大掃除していたら、はや夕方。いざ、年越し蕎麦の仕込みに取り掛かる。妻の御節で余った椎茸出汁のツユに、昆布と鰹で出汁を合わせ、水炊き用の鳥モモと葱を焦げ目が着くまで炙ったらツユに投入。国産小麦とそば粉の乾燥麺を固めに茹でて、出来上がり。

 
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 出来合い調理品にほとんど頼らずの年越し蕎麦を、今年も家族で迎えることができた。自画自賛だが、沁みるほど美味い。



 豪華でないけど、自分たちの手で祝える。
 時間はかかるけど、その時間まで楽しめる。

 年始も、きっと飛び回ることは無いのだろうけど、静かに、手作りに囲まれて、また新しく年を迎えたい。年神様が明日安心してちゃんと来られるようにすぐに寝なきゃ!(夜に子供が起きてたら、年神様が勘違いして古い年のままになっちゃうよ、という話)と布団に滑り込んだ長女の寝息を確認して、今から黒豆と、キントンを仕込むのだ!
 
 それではみなさんよいお年を♪


 来年も、自然農、そしてそこからながめる自然体を意識して。
 人生の意義を自分の外側に求めずに。
 その感覚をじっくりと突き詰めていきたい。


  
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2015年11月02日

自然農教育@ 肥料を使わない子育て

長月二十一日 雨

 耕さず、虫も草も敵とせず、農薬・肥料を使うことなく、自然の営みに沿った親子のあり方。
 なんだかおかしな言葉だが、本人いたって真面目である。
 

 ご縁があって今週末の11月7日、自由な教育を実践・研究されている古山明男さんをお招きして、子育てに関するワークショップを開催することになった。古山さんの言葉の中に、「無農薬教育」という考え方を拝見したことがある。一言で述べるのは難しいのだが、Blogからの言葉をお借りすれば、「強制力や賞罰を使わず、生徒の感受性と理解力を信頼する教育のことである」。

 あえて置き換えることが許されるとすれば、自然農とは、「農薬や肥料を使わず、植物の共生力と成長力を信頼する農法のことである」。

 無農薬教育という概念を提唱された古山さんの言葉を見つけた友人は、「無農薬」という言葉だと先に農薬があることが連想されてしまうため、より軽快な発想の自然農教育はどうだろう、と提案されていた。明らかに我田引水なのは承知の上で、お二人に敬意を表し、私も乗っかって「自然農教育」を名乗ることを許していただきたい。


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 また古山さんは、学校の教師の仕事は、農民の仕事に似ている、とも説く。書籍からの言葉をお借りすれば、「作物を種蒔きから収穫まで世話する農民と、生徒の成長に長期間つき合う教師は、立場が似ている」と。これも我田引水が許されるならば、自然農は作物を育てるというよりも、「田畑の土、生態系を豊かに育むこと」が主目的という点で、田畑育てと言ってよく、子育てとも通ずるものが多い。であるなら、「子供たちの生きる力を豊かに育むこと」が主目的という意味において、自然農教育という概念が、我々夫婦が子供に対してのアプローチの根底に広がってくるのだ。


 自然農の本質とは。

 それは大自然の「豊潤にあろうとする生態系の方向性を信じること」である。
 その自然の豊かな営みの海の中で、少しだけ人の都合に応じて手を入れ、望むような作物が育ってくれる田畑を育み、見守っていく。大自然は、雑草、野菜、微生物、小動物を分け隔てなく、全ての総量として生命力がが豊かになろうと進んでいく。人間は、そうした本来の大自然(生態系)のダイナミズムを邪魔せず、ほんの少し、野菜たちが優先されるように、作物が生き生きと育つように頃合いに応じて手を差し伸べるだけでよい。

 
 では子育ての本質とは。

 それは、、、まだ答えが見つかったわけではない。 しかし上に述べた自然農の視点が、子供の生きる力を育み、たくましく、瑞々しい感性が花開く手助けになるのではないかと、確信している。あえて現時点で言葉にしてみるならば、「豊潤にあろうとする人間の方向性を信じること」と言ってみたい。

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 大型機械で耕して、肥料をたっぷり入れて、農薬を撒き、ただただ収穫を追い求める。そんな子育てに果たしてなっていやしないか?と常に自身に問いかけながら、耕さず、農薬肥料を使わず、自然の営みに沿った農のあり方に耳を澄ますように、子供たちと関わっていきたい。

 そんな子育てだからこそ、大量生産はできない。誰かにゆだねてお任せも、なんだか違う気がする。だからといって、親の思いを押し付けることと勘違いしてはならない。畑が豊かになることを、自然に沿って見守るように、子供と生きてみたい。 毎日田畑に関わるように、子供に関わる。 時間はかかる。それでいい。もとより、自然農と子育てとは、時間が最高のパートナーなのだから。


 もちろん、こんなことを書いているのは、いまだに、そんな関わり方ができずにいるからなのです。今日もまた、子供に肥料と農薬をふとした折りに撒こうとしてるんだよねええええ。


こぐま塾 特別ワークショップ 【 自由な教育 】
=2015年11月7日(土) 開催=

 残席わずか、参加者募集中!

 
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2015年10月31日

いたずらしちゃうぞ♪

長月十九日 曇り

 日本人の魂が震える、晩秋。
 カレンダーに10月の声が聞こえるとソワソワしだす、あのフェスティバル。


 そう、神嘗祭(かんなめさい)!!


 31日に、変装して悪魔に魂売ってお菓子食べてる場合じゃねえんだコチトラ。日本の魂は、いつからカボチャになったの?? 米だろが米!

 米を祭る。今年の収穫の真っ只中に、まず八百万の神に、大自然に、宇宙に、「実り」を感謝して、祭る。それが日本のソウル、魂だろうが!

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 もともとは旧暦九月十七日、新暦では、毎年10月下旬から11月上旬にあたるこの時期。いよいよ稲が頭を垂れて、初霜が降り、稲穂が黄金色に染まり、我も我もと田んぼに集うこの時節。
 カボチャ飾ってバテレンの仮装して馬鹿騒ぎして、子供にお菓子あげて・・・っていったい何してんのよ!? 田んぼに、稲に、生命と歴史と風土に感謝する、神嘗祭があるじゃねーかよー!! 伊勢神宮の一年の中で最も重要なお祭りとされてる祭りを無碍にして、何はしゃいでんだニッポン人は!

 我が家は、完全にこの時期、稲刈ってますから!
 みんな稲刈りで雀と激闘してて、西洋オバケとじゃれ合ってる暇ないから!!

 カボチャは食うよ、美味いから。だけど祭るのは米だ。いいな。おめえら。
 日本の10月の祭りは、カボチャじゃなくて米。

 仮装する暇あったら稲を刈れ。藁を編め。俵を担げ。いいか、異論は許さん。
 合言葉は、

 「稲刈りしないと、いたずらしちゃうぞ♪」

 そう、"Ttrick or Reap !!"

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参考HP:『伊勢神宮 神嘗奉祝祭』

★今では伊勢神宮での神嘗祭は、旧暦九月十七日から
 新暦10月14日〜16日に移って祝われています


もう少し抑えたテイストの6年前の神嘗祭の記事はこちらから(笑)。
「かんなめる」

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2015年10月17日

自然農=RPG論

長月五日 曇り

 自然農の目的は、作物を育てることではない。

 それはRPGが、一匹一匹の敵を倒すことやゴールドや武器を手に入れることが目的ではないことに良く似ている。と、ドラクエ世代の自分は思う。

 ゲームにさほど詳しいわけではない小生でも、いわゆるRPG(ロールプレイングゲーム)はそれなりに遊んだ経験がある。RPGの目的は、主人公が、最終的にゴールとされる最強の敵を倒すことである。しかしそれまでの道筋には、そのレベルに応じた敵を倒したり、武器を手に入れたり、謎を解いたり、という課題やプロセスが用意されている。時間を重ねることで一つ一つできることが増えていき、主人公が成長していく過程をプレーヤーは楽しんでいく。

 であるなら。

 自然農とは、田畑を育てる、RPGである。

 収穫物としての野菜は、ゲームに例えるならば、一匹一匹の敵であり、手に入れる武器であり、要所要所のイベントである。であるなら、それは目的ではない。 自然農の畑に取り組んですぐ、何でも思い通りに作物を育てられることは難しい。ときには何も育てることができない一年も、あるかもしれない。それはまるで、ゲームの主人公が、スタートしてすぐには、本当に弱々しい敵しか倒すことはできず、手にすることができる武器もごくごく粗末なものであることによく似ている。

 自然農の畑に向き合い、手を入れ、営みに応じた作物を選び育てていくプロセスを経ることで、いつしか、育つ野菜の種類が増えていき、自分なりの応じ方が身についていく。まさに、RPGの過程で、経験値を積んでレベルが上がり、倒せる敵も増えて扱える武器も増えて行動範囲がどんどん広がっていくことに重ねられる。トマトも育たなかった畑にトマトが育ち、その翌年にはナスに実がつくように変わってきたように。キュウリが育った畑の2年後に、ズッキーニが育つようになったように。

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 では自然農のボスキャラはいったい何か。それは、毎年毎年、自分の収穫したい野菜を継続して栽培していけることである。そしてそれを達成するために必要なことは、豊かな土壌を育み続けることなのだ。土壌が、無農薬・無肥料・不耕起でも作物が育つような環境に至れば、極論すればどんな作物も自然農で育てることができる。
 
 そこに至るプロセスが、まさにロールプレイングゲームさながらであり、一年一年の野菜の出来不出来に一喜一憂していられない所以である。RPGで、いちいち敵との一戦一戦に一喜一憂してはいられない。もちろん勝てば嬉しいように、収穫できればそれは嬉しい。しかし自然農で野菜が育たないのは、土壌がそのレベルに成長していないからで、まだ倒す(育てる)には早すぎたから。 ならばその土壌が豊かになる(=豊かな微生物環境を整える)ことをイメージしながら折々の手入れを行い、その状況に応じた作物を選んで栽培していくことを継続していくことが、ゴールへの最短距離なのだ。

 RPGに近道はない。途中になにか一足飛びのイベントがあったとしても、大局としては、時間をかけて、主人公を成長させて最終目的まで着々と歩んでいくことが、結局は王道のはず。

 自然農にも近道はない。もちろん、テキストもあり、指導者もあり、運不運もあり、それこそ千差万別なプロセスではある。作物がすぐに良く出来ることもあれば、数年間まったく育たないこともあるだろう。しかしそれは、「何も起こっていない」のでは決してない。RPGで、闘い続けていれば必ず経験値が溜まっていくように、自然農の田畑には、命の積み重なりが増えていく。土壌微生物が増え、雑草の植生が変わり、少しずつ少しずつ、育つ作物が多種多様になっていく。

 もちろんそのプロセスは一直線ではない。土壌環境だけではない自然の容赦ない条件が変数として掛け算され、収穫も一直線に右肩上がりのはずが無い。しかし、それに向き合っている人それぞれの中には、自分にしかわからない、確かな積み重なりが、着実に残るのである。

 RPGの最終目的は、ボスキャラを倒すことだと書いた。主人公の成長の果て、例えばレベル99にまで達した主人公は、どんな敵も倒せ、あらゆる武器を手にし、悠々とゲーム世界を旅することであろう。

 であるなら自然農は、終わりなきRPGであると言える。その地域、その土地での理想的な土壌環境を整えたとしても、それを継続的に、自然環境に応じながら、好みの作物を収穫し続けることができるかどうかは、さらにその先の永遠の課題でもあるからである。毎年毎年、ボスキャラが自動更新されていく、永遠のリアルRPGなのだ。


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 自然農の田畑に見学に来られる方たちから、「自然農って何が育ちますか?」とか、「自然農では収穫はどれくらいですか?」と質問されるたびに、自然農の目的はそこじゃない!と思いながらも明確に答えられなかった自分の、12年目の今の答えが、これ。

 全然、明確じゃない(笑)。 まあいいかー。 



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2015年08月24日

風の音にぞ

文月十一日 晴れ

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 8月8日の立秋を迎えて、早や2週間。日中の暑さにはグウの音も出ないが、朝晩の居室に流れ込む風の涼やかさに、「秋来ぬと 目にはさやかに見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる」気持ちになる。

 夏の盛りに藤原敏行が古今和歌集に詠んだこの句を、以前は共感など微塵も感じなかった。ここ数年、妻のBlogにもよく登場するように、冷房無し、扇風機無しの暮らしに突入してから、大げさではなく1000年の時を越えて万葉の肌感覚を体験しているような気がする。例えば、8月を過ぎてなお、日中の作業は残暑が厳しく眩暈がすることもしばしばある。しかし6月7月の頃の、これがまだまだ続くのかという絶望感はなく、陽が傾けばぐっと涼むことを身体は知っており、すでに暑さの峠を越した実感が訪れるのだ。
 暑ければそこにクーラーがある、という感覚にどっぷり浸かっていた以前では、そこまで敏感には体感できていなかったように思える。文明は人間の人生を豊かにしているのか否か。きっと、クーラーに入り浸りを余儀なくされる都会生活、現代生活を選択していたら、この体感は得られなかったかもしれない。暑さという苦痛から「逃れる」という意味においては、クーラー生活は豊かだとも言える。その一方で、暑さの移り変わりを体感し、季節の彩りを肌感覚で楽しむという贅沢もまた、豊かだとも言えるのだ。

 もっと言っちゃえば、クーラーの効いた店舗の空調を「ありがたい」と思うのではなく、「邪魔だなあ」と思えるような、価値観の変化が、訪れつつあるのだよね。これマジで。


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 話は変わるのだが、旧暦の七夕は、四日前であった。風変わりなのは自覚しているが、我が家では、巷から一ヶ月以上遅れて、旧暦で七夕を祝っている。数日続いた曇天に娘は少し残念がったが、この二日間は晴天になり、遅ればせながら天の川を楽しませることができそうだ。

 歴史上長い間、時計やカレンダーとは縁の遠い暮らしをしてきた人類。今日が、今が、何年何月何日何時何分何秒、地球が何回まわったとき、なんて、そこまで大切な概念ではなかった。せいぜい、月を眺め、季節の移り変わりを目安に、漠然と(かつ丁寧に)時の流れを把握して日々を暮らしていた。その上で、社会規範としての日時のルールは存在し、緩やかに、その取り決めと便利さは人類の財産として少しずつ利用する機会が増えていき、時計、カレンダー的なものが次第に共有されてくるようになった。月日の目安であれば、新月と満月を頼りにしながら。時間の目安であれば、太陽の昇没を頼りにしながら。という具合に。

 七夕とは、旧暦の七月(文月)の七日に、天の川に隔てられた織姫と彦星が、再会を果たすという一年に一度の約束の日。古来、シナ大陸から日本に渡り、東洋に広く伝えられているメルヘンな物語であるが、明治以降の新暦の7月7日では、梅雨の真っ最中。年に一度の再会も、毎年毎年果たせない、悲しい物語になりつつある。当然この話が作られたのは旧暦の時代。梅雨が明け、秋雨前線の到来の前(もともとの大陸ではどうなのかは残念だが知らないが)、真夏の盛りの7月下旬から8月下旬にかかるこの時期に、旧暦七月、文月七日はやってくる。それはつまり、夏の夜空に天の川がきらめき、織姫と彦星が再会するのに絶好の機会なのである。

 今年の文月七日(8月20日)は、残念ながらの曇り空。月の運びで8月下旬にずれ込んだ今年の暦は、秋雨前線を少々早く送り込んだ模様。娘には、「再会を待ちきれずに乙姫が流した涙の雨だ」と、絵本の引用で納得してもらいながら、今年の七夕も楽しんでいる。

 幸い、テレビ、ラジオ、雑誌、新聞の、世間の洪水のような情報からは遠のき、イベント盛りだくさんで用意してくださる幼稚園保育園からも離れた家庭保育の日々。我が家では我が家なりに、本来の、季節と風習がマリアージュした、伝統行事を楽しみながら過ごしている。それもそれで、豊かなのではないか、という自負も抱きつつ。


 ところで蛇足ながら、文月は、お盆の季節でもある。ここからは小生の私見だが、お盆とは、旧暦の七月、死者の霊をお迎えするのに夜道が暗くては、という優しさから、十五日の満月を中心に、十二日〜十七日頃までの期間に設けられていた。それはご先祖様を迎えるせめてもの、心遣いであった。明治以降、その旧暦七月の十五日、という風習のみが、意味を問われる事なく新暦8月15日に翻訳され(旧暦は新暦の約一ヶ月後ろにずれることから単純に8月15日と変換されたのだろう)、月の明るい頃かどうかは関係なく、明るい夜だろうが暗い夜だろうが、蛍光灯とLEDに照らされたお盆の夜に、ご先祖様が無理やり召還されている、という少々風変わりがお盆が現在展開されているのだ。

 明日から、旧暦のお盆の入り。仏壇の無い我が家に線香でも炊いて、帰省ラッシュを避けてあげてのご先祖供養も悪くないのかもしれない。

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 だからなんだ、と言われればそれまでなんだけど。

 季節と風習は、こんなにも絶妙で風流で、天然色の楽しみ方もあるのだという独り言。


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2015年08月15日

殺戮

文月二日 晴れ

 先の記事にも書いたが、7年間自然農の畑として命を育てた農地を、地主さんにお返しした。

 冬から打診され、作付けの後始末と移植を計算して、この夏にお返しすると決め、少しずつ少しずつ、畑に別れを告げてきた。春からの種まきはもちろん取りやめ、ニンニクや玉葱などの収穫物を取り、取り忘れの人参やミョウガを掘り起こし、いよいよ、正式に返却することになった。

 豊かに、優しげに、柔らかく変わってきていた自然農の土、草、営み。

 記憶と記録に残すべく、写真と共に記す。

【1】まずは草の種別関係なく、とにもかくにも、刈り倒す。

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 刈りますよー。
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 本来であれば、このまま、表土は枯れ草、枯れ枝が積み重なり、その直後に分解の営みに引き継がれていく。
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 足を踏み入れると、耕していなくてもフカフカに沈み込むほどの柔らかさをみせる、自然農の土壌。
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【2】数年間の太陽エネルギーを宿した刈り草と表土の一部を、せめてもの土産にと、集め、軽トラックに載せ移動する。(これは後に資源として利用する。)

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 刈り草を移動した後には、団子虫や、テントウ虫が、姿を表した。
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【3】 土を均すために、耕す。

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 広い土地であるため、数年ぶりに知人のご好意でトラクターをお借りし、文字通り、耕運機を運転して耕した。とにかく、無差別に、無慈悲に、過去のつながりを一瞬で断絶すべく、トラクターの重量で大地を踏み潰し、その後に機械の猛烈な刃で撹拌する。根は切られ、虫は潰され、生物の住処は破壊された。


 あっという間に、土は土漠状態へ。
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 先ほどのテントウ虫も団子虫も、もはや居場所はない。
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 どこかしらか、トラクターの音を聞きつけてか、サギの幼鳥が降り立ち、さっそく剥き出しになった土に丸見えになった虫たちを啄ばみ始めた。
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 そして、なにもいなくなった。
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・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


 これを世間では、「きれいにして」お返しするという。 いったい、なにが、綺麗なもんか。
 俺はこの日、何万もの、何百万もの命を、殺戮したのだ。


 安保法制に賛成の人も、反対デモの人たちも、いったいいかほどの人たちが、この殺戮の上に提供される安穏とした日々を、理解した上で暮らしているのか。
 我々は、戦争でのみ殺戮という行為を犯すのではない。少なくとも、現代農業で、現代畜産業で、現代工業で、幾千万の殺戮、蹂躙を犯し続けながら生きている。それを忘れて、一つのイシューに対して右だ左だと言う気持ちには、少なくともこの日だけは、浸かる気にはなれなかった。


 そしてまた、自然農の日々は続くのである。


 同じ出来事を、妻はこんな言葉で綴っています。


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2015年08月07日

自然体宣言

水無月廿三日 晴れ

 寝苦しい夜が続く。

 明け方3時。トイレに立つ娘が、廊下が暗くて怖いと言って、私を起こした。そのまま自分もトイレに入り、そのまま、ビールを一缶手にして、なんとなしにパソコンの前に座った。


 今日は39歳の誕生日。

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<トウモロコシ越しに日の出を拝む>



 きっと、もうすぐ明ける早朝に畑にでて、汗まみれになる9時前に家に戻り、冷水シャワーでさっぱりし、妻子と計画している餃子&流し素麺パーティーを楽しみ、ビールに酔い、夕方には縁側で寝るに違いない。


 39年生きて手にした幸せ。好物の餃子を150個焼いてあげると腕まくりをする妻の笑顔。きっと奇声を上げて楽しむ長女の姿を思い浮かべながら竹を割って流し素麺の仕掛けを作る喜び。畑の後の水シャワー。移動してから8年目を迎えた自然農の田んぼと畑に、今更ながら改めて具合不具合に感嘆する日々。土が変わっていたり、植物の変遷に目を丸くしたり、毎年異なる気象環境に手業を応じたり。


 この夏、畑の区画の一部を、地主さんにお返しすることになった。お借りしていた地主さんのご家族が兼業の手を広げられるとのことで、借りる以前の状態に戻してお返しすることに。2年前ほどから土や草の様子がぐっと変わり、農地の中で一番今後が期待され始めた区画であった。そのフカフカの土、積み重なった雑草堆肥、豊かな微生物群が生息している土壌環境を、草を刈り倒して、トラクターで耕して、返却する。返却したあと地主さんは、その後の作付けのために、土壌消毒し(微生物を化学薬品で殺菌して無生物状態を作り出す)、化成肥料と農薬を使用した慣行農法で、出荷用野菜を栽培されるそうだ。

 自然農のプロセスは、自然力とそれらの積み重ねが半永久的に存続していく。時間の積み重ねであり、人の手、つまり関わりの積み重ねであり、そして植物動物微生物、気象環境天候全てが絡まりあい、紡ぎあい、折り重なり、その場所、その人の自然農の田畑が作られていく。そうした農の営みなのだと思う。

 それに比べると慣行農(いわゆる現代の化学農法)はどうだろう。いつからやっても、誰がやっても、どこでやっても、何を蒔いても、同じように作物が育つように、物質化工業化単純化経済化して、作物を生産していく。化成肥料ならある程度の確立で同水準の野菜が収穫できるけど、自然農ではその標準化が難しい。自然農ではこうした工業的な標準化を目的としない。複雑系の中で奇跡的に営まれるバランスを、自然と自分の係わり合いの中で探していく、永続的な探求の日々である。

 だからメンドクサイし、マニュアルが無いし、簡単とは言い切れないし、わかりやすくない。
 だからこそワンダーフルだし、一喜一憂だし、一期一会だし、飽きることがない。

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<人参の花 そして種取りへ>


 こうした自然農の日々を過ごし始めて、はや12年。自然農によって触発される、この自然の妙へのワクワクのプロセス。それが高じて、関心は「自然体」へ広がっていく。こころ、からだ、くらし、いのち、全てが自然の理の中に存在している。野生100%という意味での自然とも違い、あくまでも人間としての自然は、周囲の影響を受けながらも、人間にとって心地よい状態を自ずから導き出していくプロセスのようなものである。

 心と身体が自然、もしくは自然体であれる状態とはどんな状態であり、それを実現する手段はどのようなものがあるのか。社会が自然、もしくは自然体であれる状態とは、どんな状態であり、それを実現する手段はどのようなものか。自然農とは、自分にとって食糧生産と自然環境と経済活動が「自然体」に近づくための農の面からのアプローチである。

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<マツヨイクサの蜜を集める蜂>



 農に限らず、身体の使い方、自然治癒力、心の整え方などなど、「自然体」というキーワードで人生を彩っていきたいという想いが止まらないのだったら、それは始めるべきなのかもしれない。そんな職業がないのであれば、武術研究者の甲野善紀氏の言葉を借りれば「今までにない職業をつくる」だけだ。それなら、森羅万象思うままに自然体を探求する研究所でも開いて、自然体研究家にでもなってみよう。

 39歳。自然農百姓、兼自然体研究家の、小松学が生まれました。これからも、どうぞよろしくお願いします。



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2015年05月13日

日照りと雨の合間の奇妙な光景

弥生二十五日 大雨のち晴れ

 
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 雨を二十日以上待ち続けて、昨晩の台風(低気圧)が去り、ようやく、畑に田んぼに恵みが届いた。

 前日の、昨日の畑。実は奇妙な光景に出会っていた。
 
 雨の降らない空が続き、畑はギリギリまで乾燥していた。普段やらない水遣りも、発芽した芽、育ち始めた幼苗を慮り、数日おきにじょうろで給水していた。10日(日)に畑に出かけ、11日は畑には出なかった。そして12日。枝豆、ジャガイモ、スイカ、トマト、トウモロコシ、ことごとくに、これまでこの時期に見たことが無いような異変が起こっていた。

 まさか、乾燥しすぎ??? 誰かに除草剤でもかけられた??? いやいや、冷静に。そんなわけない。記憶をたどる。乾燥で枯れる時はたしか、薄黄色く、干上がるように、ゆっくりと変色していく。除草剤なら、苗の周りの雑草だって影響を受けずにはいられない。特有の、ケミカルの匂いだって感じられない。 この、一気にクッタリと溶けるような、この感じ。  ・・・溶ける? そういえばこの光景、晩秋によく見かけてきた。まるで、霜にでもやられたような。 霜?? 先日の集合日の実習で、「さすがに遅霜はもう来ないでしょうね」と言っていた矢先の、この症状。

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 土日月とイベント続きで、このところ早朝は寝坊してばかりの日々。早朝の霜など確認していたわけも無く、慌てて気象庁のホームページで確認する。

 >>気象庁 - 過去の気象データ【 2015年5月11日(1時間ごとの値)】

 11日の明け方、気温は5度台まで下がっており、おそらく、完全な霜とは言えないまでも、冷たい露が畑に降りたのは間違いなかった。 春から作付けしていた野菜たちは、いわゆる夏野菜。霜に、冷気に、強くは無い。数年ぶりに襲来したこの時期の霜に、畑の幼い苗は、なかなかのダメージを受けていたのだった。誰かに除草剤かけられた?と、動揺して妄想するほどに。


 しかし自然は巧みである。この4月下旬からのまれに見る乾燥が、発芽時期、芽の生育を遅らせ、結果として、苗が大きくなってはいなかった。これが、毎日水遣りして、発芽を促進し、苗を育て、気候に沿わずに育てていたらどうだっただろう。苗は大きくなり、遅霜の被害も、もっと大きくなっていたかもしれない。台風が去った13日。大雨の恵みを受け、湿潤の土と陽気に覆われた今朝の畑には、幸いなことに、既に復活しようとする作物たちの気配が感じられる。そうだ、自然農は、種を蒔き、草を刈り、季節に従うしかできない。 あれこれ考えるのもアリだけど、どこまでも、主人は自然でいこう。


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 日照りがあり、その結果があり、霜があり、その結果があり、雨があり、その結果がある。自然農は、それに耳を傾けることを肯定していくプロセスなのだから。

 
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第二十候: 立夏次候
【蚯蚓出(みみずいずる)】
=みみずが地上にはい出る=
 (新暦5月10日頃〜5月14日頃)
七十二候を“ときどき”取り入れています※

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