注)記事の日付は太陰暦を用いております

2015年08月24日

風の音にぞ

文月十一日 晴れ

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 8月8日の立秋を迎えて、早や2週間。日中の暑さにはグウの音も出ないが、朝晩の居室に流れ込む風の涼やかさに、「秋来ぬと 目にはさやかに見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる」気持ちになる。

 夏の盛りに藤原敏行が古今和歌集に詠んだこの句を、以前は共感など微塵も感じなかった。ここ数年、妻のBlogにもよく登場するように、冷房無し、扇風機無しの暮らしに突入してから、大げさではなく1000年の時を越えて万葉の肌感覚を体験しているような気がする。例えば、8月を過ぎてなお、日中の作業は残暑が厳しく眩暈がすることもしばしばある。しかし6月7月の頃の、これがまだまだ続くのかという絶望感はなく、陽が傾けばぐっと涼むことを身体は知っており、すでに暑さの峠を越した実感が訪れるのだ。
 暑ければそこにクーラーがある、という感覚にどっぷり浸かっていた以前では、そこまで敏感には体感できていなかったように思える。文明は人間の人生を豊かにしているのか否か。きっと、クーラーに入り浸りを余儀なくされる都会生活、現代生活を選択していたら、この体感は得られなかったかもしれない。暑さという苦痛から「逃れる」という意味においては、クーラー生活は豊かだとも言える。その一方で、暑さの移り変わりを体感し、季節の彩りを肌感覚で楽しむという贅沢もまた、豊かだとも言えるのだ。

 もっと言っちゃえば、クーラーの効いた店舗の空調を「ありがたい」と思うのではなく、「邪魔だなあ」と思えるような、価値観の変化が、訪れつつあるのだよね。これマジで。


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 話は変わるのだが、旧暦の七夕は、四日前であった。風変わりなのは自覚しているが、我が家では、巷から一ヶ月以上遅れて、旧暦で七夕を祝っている。数日続いた曇天に娘は少し残念がったが、この二日間は晴天になり、遅ればせながら天の川を楽しませることができそうだ。

 歴史上長い間、時計やカレンダーとは縁の遠い暮らしをしてきた人類。今日が、今が、何年何月何日何時何分何秒、地球が何回まわったとき、なんて、そこまで大切な概念ではなかった。せいぜい、月を眺め、季節の移り変わりを目安に、漠然と(かつ丁寧に)時の流れを把握して日々を暮らしていた。その上で、社会規範としての日時のルールは存在し、緩やかに、その取り決めと便利さは人類の財産として少しずつ利用する機会が増えていき、時計、カレンダー的なものが次第に共有されてくるようになった。月日の目安であれば、新月と満月を頼りにしながら。時間の目安であれば、太陽の昇没を頼りにしながら。という具合に。

 七夕とは、旧暦の七月(文月)の七日に、天の川に隔てられた織姫と彦星が、再会を果たすという一年に一度の約束の日。古来、シナ大陸から日本に渡り、東洋に広く伝えられているメルヘンな物語であるが、明治以降の新暦の7月7日では、梅雨の真っ最中。年に一度の再会も、毎年毎年果たせない、悲しい物語になりつつある。当然この話が作られたのは旧暦の時代。梅雨が明け、秋雨前線の到来の前(もともとの大陸ではどうなのかは残念だが知らないが)、真夏の盛りの7月下旬から8月下旬にかかるこの時期に、旧暦七月、文月七日はやってくる。それはつまり、夏の夜空に天の川がきらめき、織姫と彦星が再会するのに絶好の機会なのである。

 今年の文月七日(8月20日)は、残念ながらの曇り空。月の運びで8月下旬にずれ込んだ今年の暦は、秋雨前線を少々早く送り込んだ模様。娘には、「再会を待ちきれずに乙姫が流した涙の雨だ」と、絵本の引用で納得してもらいながら、今年の七夕も楽しんでいる。

 幸い、テレビ、ラジオ、雑誌、新聞の、世間の洪水のような情報からは遠のき、イベント盛りだくさんで用意してくださる幼稚園保育園からも離れた家庭保育の日々。我が家では我が家なりに、本来の、季節と風習がマリアージュした、伝統行事を楽しみながら過ごしている。それもそれで、豊かなのではないか、という自負も抱きつつ。


 ところで蛇足ながら、文月は、お盆の季節でもある。ここからは小生の私見だが、お盆とは、旧暦の七月、死者の霊をお迎えするのに夜道が暗くては、という優しさから、十五日の満月を中心に、十二日〜十七日頃までの期間に設けられていた。それはご先祖様を迎えるせめてもの、心遣いであった。明治以降、その旧暦七月の十五日、という風習のみが、意味を問われる事なく新暦8月15日に翻訳され(旧暦は新暦の約一ヶ月後ろにずれることから単純に8月15日と変換されたのだろう)、月の明るい頃かどうかは関係なく、明るい夜だろうが暗い夜だろうが、蛍光灯とLEDに照らされたお盆の夜に、ご先祖様が無理やり召還されている、という少々風変わりがお盆が現在展開されているのだ。

 明日から、旧暦のお盆の入り。仏壇の無い我が家に線香でも炊いて、帰省ラッシュを避けてあげてのご先祖供養も悪くないのかもしれない。

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 だからなんだ、と言われればそれまでなんだけど。

 季節と風習は、こんなにも絶妙で風流で、天然色の楽しみ方もあるのだという独り言。


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2015年08月15日

殺戮

文月二日 晴れ

 先の記事にも書いたが、7年間自然農の畑として命を育てた農地を、地主さんにお返しした。

 冬から打診され、作付けの後始末と移植を計算して、この夏にお返しすると決め、少しずつ少しずつ、畑に別れを告げてきた。春からの種まきはもちろん取りやめ、ニンニクや玉葱などの収穫物を取り、取り忘れの人参やミョウガを掘り起こし、いよいよ、正式に返却することになった。

 豊かに、優しげに、柔らかく変わってきていた自然農の土、草、営み。

 記憶と記録に残すべく、写真と共に記す。

【1】まずは草の種別関係なく、とにもかくにも、刈り倒す。

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 刈りますよー。
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 本来であれば、このまま、表土は枯れ草、枯れ枝が積み重なり、その直後に分解の営みに引き継がれていく。
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 足を踏み入れると、耕していなくてもフカフカに沈み込むほどの柔らかさをみせる、自然農の土壌。
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【2】数年間の太陽エネルギーを宿した刈り草と表土の一部を、せめてもの土産にと、集め、軽トラックに載せ移動する。(これは後に資源として利用する。)

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 刈り草を移動した後には、団子虫や、テントウ虫が、姿を表した。
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【3】 土を均すために、耕す。

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 広い土地であるため、数年ぶりに知人のご好意でトラクターをお借りし、文字通り、耕運機を運転して耕した。とにかく、無差別に、無慈悲に、過去のつながりを一瞬で断絶すべく、トラクターの重量で大地を踏み潰し、その後に機械の猛烈な刃で撹拌する。根は切られ、虫は潰され、生物の住処は破壊された。


 あっという間に、土は土漠状態へ。
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 先ほどのテントウ虫も団子虫も、もはや居場所はない。
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 どこかしらか、トラクターの音を聞きつけてか、サギの幼鳥が降り立ち、さっそく剥き出しになった土に丸見えになった虫たちを啄ばみ始めた。
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 そして、なにもいなくなった。
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・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


 これを世間では、「きれいにして」お返しするという。 いったい、なにが、綺麗なもんか。
 俺はこの日、何万もの、何百万もの命を、殺戮したのだ。


 安保法制に賛成の人も、反対デモの人たちも、いったいいかほどの人たちが、この殺戮の上に提供される安穏とした日々を、理解した上で暮らしているのか。
 我々は、戦争でのみ殺戮という行為を犯すのではない。少なくとも、現代農業で、現代畜産業で、現代工業で、幾千万の殺戮、蹂躙を犯し続けながら生きている。それを忘れて、一つのイシューに対して右だ左だと言う気持ちには、少なくともこの日だけは、浸かる気にはなれなかった。


 そしてまた、自然農の日々は続くのである。


 同じ出来事を、妻はこんな言葉で綴っています。


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2015年08月07日

自然体宣言

水無月廿三日 晴れ

 寝苦しい夜が続く。

 明け方3時。トイレに立つ娘が、廊下が暗くて怖いと言って、私を起こした。そのまま自分もトイレに入り、そのまま、ビールを一缶手にして、なんとなしにパソコンの前に座った。


 今日は39歳の誕生日。

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<トウモロコシ越しに日の出を拝む>



 きっと、もうすぐ明ける早朝に畑にでて、汗まみれになる9時前に家に戻り、冷水シャワーでさっぱりし、妻子と計画している餃子&流し素麺パーティーを楽しみ、ビールに酔い、夕方には縁側で寝るに違いない。


 39年生きて手にした幸せ。好物の餃子を150個焼いてあげると腕まくりをする妻の笑顔。きっと奇声を上げて楽しむ長女の姿を思い浮かべながら竹を割って流し素麺の仕掛けを作る喜び。畑の後の水シャワー。移動してから8年目を迎えた自然農の田んぼと畑に、今更ながら改めて具合不具合に感嘆する日々。土が変わっていたり、植物の変遷に目を丸くしたり、毎年異なる気象環境に手業を応じたり。


 この夏、畑の区画の一部を、地主さんにお返しすることになった。お借りしていた地主さんのご家族が兼業の手を広げられるとのことで、借りる以前の状態に戻してお返しすることに。2年前ほどから土や草の様子がぐっと変わり、農地の中で一番今後が期待され始めた区画であった。そのフカフカの土、積み重なった雑草堆肥、豊かな微生物群が生息している土壌環境を、草を刈り倒して、トラクターで耕して、返却する。返却したあと地主さんは、その後の作付けのために、土壌消毒し(微生物を化学薬品で殺菌して無生物状態を作り出す)、化成肥料と農薬を使用した慣行農法で、出荷用野菜を栽培されるそうだ。

 自然農のプロセスは、自然力とそれらの積み重ねが半永久的に存続していく。時間の積み重ねであり、人の手、つまり関わりの積み重ねであり、そして植物動物微生物、気象環境天候全てが絡まりあい、紡ぎあい、折り重なり、その場所、その人の自然農の田畑が作られていく。そうした農の営みなのだと思う。

 それに比べると慣行農(いわゆる現代の化学農法)はどうだろう。いつからやっても、誰がやっても、どこでやっても、何を蒔いても、同じように作物が育つように、物質化工業化単純化経済化して、作物を生産していく。化成肥料ならある程度の確立で同水準の野菜が収穫できるけど、自然農ではその標準化が難しい。自然農ではこうした工業的な標準化を目的としない。複雑系の中で奇跡的に営まれるバランスを、自然と自分の係わり合いの中で探していく、永続的な探求の日々である。

 だからメンドクサイし、マニュアルが無いし、簡単とは言い切れないし、わかりやすくない。
 だからこそワンダーフルだし、一喜一憂だし、一期一会だし、飽きることがない。

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<人参の花 そして種取りへ>


 こうした自然農の日々を過ごし始めて、はや12年。自然農によって触発される、この自然の妙へのワクワクのプロセス。それが高じて、関心は「自然体」へ広がっていく。こころ、からだ、くらし、いのち、全てが自然の理の中に存在している。野生100%という意味での自然とも違い、あくまでも人間としての自然は、周囲の影響を受けながらも、人間にとって心地よい状態を自ずから導き出していくプロセスのようなものである。

 心と身体が自然、もしくは自然体であれる状態とはどんな状態であり、それを実現する手段はどのようなものがあるのか。社会が自然、もしくは自然体であれる状態とは、どんな状態であり、それを実現する手段はどのようなものか。自然農とは、自分にとって食糧生産と自然環境と経済活動が「自然体」に近づくための農の面からのアプローチである。

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<マツヨイクサの蜜を集める蜂>



 農に限らず、身体の使い方、自然治癒力、心の整え方などなど、「自然体」というキーワードで人生を彩っていきたいという想いが止まらないのだったら、それは始めるべきなのかもしれない。そんな職業がないのであれば、武術研究者の甲野善紀氏の言葉を借りれば「今までにない職業をつくる」だけだ。それなら、森羅万象思うままに自然体を探求する研究所でも開いて、自然体研究家にでもなってみよう。

 39歳。自然農百姓、兼自然体研究家の、小松学が生まれました。これからも、どうぞよろしくお願いします。



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2015年05月13日

日照りと雨の合間の奇妙な光景

弥生二十五日 大雨のち晴れ

 
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 雨を二十日以上待ち続けて、昨晩の台風(低気圧)が去り、ようやく、畑に田んぼに恵みが届いた。

 前日の、昨日の畑。実は奇妙な光景に出会っていた。
 
 雨の降らない空が続き、畑はギリギリまで乾燥していた。普段やらない水遣りも、発芽した芽、育ち始めた幼苗を慮り、数日おきにじょうろで給水していた。10日(日)に畑に出かけ、11日は畑には出なかった。そして12日。枝豆、ジャガイモ、スイカ、トマト、トウモロコシ、ことごとくに、これまでこの時期に見たことが無いような異変が起こっていた。

 まさか、乾燥しすぎ??? 誰かに除草剤でもかけられた??? いやいや、冷静に。そんなわけない。記憶をたどる。乾燥で枯れる時はたしか、薄黄色く、干上がるように、ゆっくりと変色していく。除草剤なら、苗の周りの雑草だって影響を受けずにはいられない。特有の、ケミカルの匂いだって感じられない。 この、一気にクッタリと溶けるような、この感じ。  ・・・溶ける? そういえばこの光景、晩秋によく見かけてきた。まるで、霜にでもやられたような。 霜?? 先日の集合日の実習で、「さすがに遅霜はもう来ないでしょうね」と言っていた矢先の、この症状。

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 土日月とイベント続きで、このところ早朝は寝坊してばかりの日々。早朝の霜など確認していたわけも無く、慌てて気象庁のホームページで確認する。

 >>気象庁 - 過去の気象データ【 2015年5月11日(1時間ごとの値)】

 11日の明け方、気温は5度台まで下がっており、おそらく、完全な霜とは言えないまでも、冷たい露が畑に降りたのは間違いなかった。 春から作付けしていた野菜たちは、いわゆる夏野菜。霜に、冷気に、強くは無い。数年ぶりに襲来したこの時期の霜に、畑の幼い苗は、なかなかのダメージを受けていたのだった。誰かに除草剤かけられた?と、動揺して妄想するほどに。


 しかし自然は巧みである。この4月下旬からのまれに見る乾燥が、発芽時期、芽の生育を遅らせ、結果として、苗が大きくなってはいなかった。これが、毎日水遣りして、発芽を促進し、苗を育て、気候に沿わずに育てていたらどうだっただろう。苗は大きくなり、遅霜の被害も、もっと大きくなっていたかもしれない。台風が去った13日。大雨の恵みを受け、湿潤の土と陽気に覆われた今朝の畑には、幸いなことに、既に復活しようとする作物たちの気配が感じられる。そうだ、自然農は、種を蒔き、草を刈り、季節に従うしかできない。 あれこれ考えるのもアリだけど、どこまでも、主人は自然でいこう。


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 日照りがあり、その結果があり、霜があり、その結果があり、雨があり、その結果がある。自然農は、それに耳を傾けることを肯定していくプロセスなのだから。

 
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第二十候: 立夏次候
【蚯蚓出(みみずいずる)】
=みみずが地上にはい出る=
 (新暦5月10日頃〜5月14日頃)
七十二候を“ときどき”取り入れています※

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2015年03月27日

体質改善PJ @(体臭編)

如月八日 晴れ

 最近、人には大きな声で言いませんが、かなり色々と、そぎ落としてます。

 そぎ落とすとは小生の中では、人生に余計なものを減らしていく、といった程度の意味で。 

 1年くらい前から、身体を洗うのを止めている。石鹸はほとんど使わず、たまに、お湯とタオルで洗うだけ。さらには、風呂にも毎日は入らなくなった。週に、2〜3度ほど、シャワーもあれば、湯船もあれば、適当に、曖昧に、楽しんで入っている。もちろん、身体と同様に、髪もほとんど洗わなくなった。シャンプーは、ハレの行事で整髪料を使用したときや、焚き火調理などして髪に煙の匂いが染み付いたとき程度。後は(流行の)湯シャンである。時々、温泉とか大浴場に入ったときには、昔を懐かしんで、石鹸でサラーッとなでて洗うこともある。

 結果。実施前よりも、確実に体臭が激減した。いわゆる加齢臭も、ほとんどしない(妻談)。特に顕著なのが、着用する下着や寝具類の匂いが、実施前に比べて、奇跡のように発生しなくなった。水虫の類も、ほぼ消失。冬の間の、肌の乾燥やかゆみも激減した。

 聞きかじりの情報と、推察を織り交ぜての現時点での意見としては、この現象は、表皮の常在菌が活性化して、体臭の元を分解してくれるようになったということだろうか。汗や皮脂、あるいは垢などの老廃物は、生きている以上常に発生する。そして原始以来、生物は、それを当然の生理として、生きてきた。つまり、老廃物が生じることは然るべき現象であって、つまり、それによって悪臭や腐敗が発生してしまったら、生命としては不快であり、生存環境の維持に失敗したとも考えられる。であるなら、生物は、その老廃物をシステムとして処理する方法を取り入れてきたはずだと考えられよう。

 それが、常在菌との共生である。環境中のあらゆる菌類(微生物)は、目には見えないが無数に存在している。そしてそれは、(本来は分類するのも滑稽ではあるのだが)善玉菌や悪玉菌などと呼ばれ、絶妙なバランスの上に立って存在している。人間の生活圏内にも当然菌は無数に存在し、また当然、表皮にも生存している。

 現代のデオドラント文化、清潔文化は、この常在菌を含めた菌類との共生を、徹底的に洗浄、除去、排除することを優先している。おそらくもともとは、ひどい汚れをを取り除くというところから産まれたはず文化であるが、今では、「菌は悪」「汚れは悪」といったイメージで、ときには宗教的なほどに無菌を崇拝する傾向がみられる。

 しかし、匂いの元は、生きている以上絶対になくならない。であるならその排除を試みる取り組みは、永遠に続く。永遠に、日常的に、執拗に、時には脅迫的に。


 ところが、常在菌の存在は、そのむなしい永遠の行為からの脱却を可能にする。なぜなら、常在菌は、その老廃汚物を餌として、二酸化炭素やその他に分解してくれるから。ニンニク臭も、加齢臭も、汗の臭いも、見事なほどに、爽やかに、お日様を浴びた赤ちゃんのような香りに変えてくれる。石鹸、シャンプー、除菌スプレー、消臭スプレーその他ほとんどの清潔グッズを使用すると、悪玉菌はおろか常在菌たちは存在を許されない。そして皮肉なことに、常在菌の永住していない皮膚では、競争相手のいない悪玉菌が先行して繁殖する。その結果、臭いの元だけは皮膚に残り、それが数時間で不腐し、臭いを放つ。取り除いても取り除いても、毎日、生きている限り、老廃物は発生する。毎日、老廃物は表皮にあらわれ、それを取り除き、菌も洗い落とし、また明日も、老廃物は生み出される。

 その輪から逃れようと、除菌スプレーを持ち歩き、香料入り洗剤で洗濯した服を身にまとい、無菌と人口的な香りの中で、つかの間の安心感を得ようとする。

 そのループから、解放されよう。

 常在菌を、ペットのように、肌に飼おう。

 餌代はかからない。自分の肌の老廃物を食べていきている。なによりも、身体の表皮の潤いを保ち、外からの病原菌の繁殖も予防し、なおかつ体臭を改善してくれる。ただ、石鹸とシャンプーを使わない。それだけのことで。

 
 不潔になろう、というのではなく、不要な清潔信仰を見直す、そんな程度のこと。

 まずはその辺りから、身体、変えていかない?



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  キミはいつでも、お日様の香り♪
 
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  「ツバキ」ももう、いらないんじゃない?


<今後の体質改善PJの連載予定>
A歯磨き(口臭)
B裸足(冷え性)
C断食(腸内細菌)
などなど、気ままに記事にしていければと思う。
posted by 学 at 10:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 身体を見つめる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月11日

幸せとは

睦月廿一日 晴れ

 2015年3月11日。


 昨晩、遅くまで漫画の単行本を読みふけってしまい、7時半ごろに、眠さをこらえながら目を開けた。珍しく午前中に外出予定がある妻の代わりに、次女を毎朝恒例のおまるにセットする。抱えながらも軽く瞑想しながら十数分、今日も次女は快便をひねり出した。小生はといえば、朝飯後に、隣接の林で今日もひとひねり、こちらも快腸である。

 朝ご飯は珍しく自分が担当した。玄米を精米機で三分搗きに精米して、香り米、神丹穂(赤米)をブレンドし、圧力鍋を火にかける。昨晩の味噌汁やスープパスタの残りを活用して、たっぷりのカレースパイスと豆乳をミックス、ノンオイルのカレースープが完成した。後はキャベツを山盛りに千切りして塩もみし、傷みかけのリンゴをスライスして、クミン、ブラックペッパー、黒ゴマをたっぷり利かせて最後にオリーブオイルをひと掛けし、簡単サラダを添えて完成。出発の時間が近づいた妻と長女は慌ただしく朝飯をかきこみ、次女に乳を飲ませて、二人は用事に出かけていった。

 残された小生と次女は、洗濯物を干した後、うららかに陽射しがさす庭にでて、のんびりと春を満喫することにした。

 
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 ゴザを庭に敷いて、アウトドア用の敷き毛布を広げ、その上に次女を転がせる。既製品のおもちゃがどこかしら不自然に思い、庭に落ちていた木の枝を拾い、少し磨き上げて、次女に渡してみた。柔らかいものも、と思い、花が開ききったフキノトウも横に並べておいた。次女の今日の仕事は、大自然の気候の中で、存分に春の訪れを体感することである。

 
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 さて、こちらはこちらで、庭仕事にとりかかる。妻からの提案で、今年は庭も存分に楽しむことにする。観賞用か、たまの子供の遊び場程度しか活用されていなかった庭の奥の築山は、起伏を利用してスパイラルガーデンへ。さらには、キッチン横の庭のスペースをフル活用して、アウトドアキッチンにしてしまおう、というアイデアも。とにかくまずは築山の整備。剪定したままほったらかしにしていた梅の枝を隣の空き地に移動させ、スパイラルガーデンに日が当たるように、上に伸びた柿の木、シイの木、金木犀らを大伐採。伐採した枝の中で、大ぶりなものを採寸し、野外カマド(三点櫓式)の組み木用に加工した。また同時に、アウトドアキッチンエリアを草刈りし、コンクリの床を掃き掃除して、煮炊き用の簡易カマド(スチール製)を設置した。



 次女は時々泣きながらも、庭を動き回る父を探し、笑い、青空と満開の梅を満喫している。

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 昼過ぎに、妻チームが帰宅。庭の模様替えを確認し、おもむろに妻が、「今日、火起こしの練習してもいいかな?」と目を輝かせた。妻はすぐさま台所へ戻り、なにやら調理の下準備を始める。練習というくらいだから、と思い、枝集めや焚き木の準備はあまり手伝わずに、小生は別の野良仕事、小豆と黒豆の唐箕選別に取り掛かる。

 よそ行きの服から汚れ対策完備の服に着替えた妻は、長女と一緒に煮炊きを開始。炊きつけ、火力、色々と心配しながらも、簡易カマドの上に載せた鉄鍋の汁が沸騰し始めた。長女らの歓声があがる。庭に転がされていた次女は昼飯(おっぱい)後は小生に背負われて、唐箕に煮焚きに連れまわされている。

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 小豆の選別がひとしきり済んだ頃、夕日もまだ高く残るうち、今宵のディナーが完成した。レバーと韮の味噌煮鍋に、朝炊いたご飯の焼きおにぎり。(料理の詳細は妻のBlogにて。) 庭で食べよう!と喜ぶ長女の声に応じて、簡単にアウトドアテーブル(ひっくり返した鉢、ベニヤ板、ゴザ)をセット。ワインが飲みたくなってたまらず、キッチンからテーブルワインを持ち出し、少し早めの夕餉をいただくことにした。


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 3月11日。震災の記憶はない長女に、少しだけ地震と津波の話をして、いただきますの前に少しだけあの日に思いを寄せる。


 妻と、初煮焚きの出来とワインに満足しながら、存分に幸福を満喫した。 

 これ以上に思いつく幸福って、どれほどあるだろうか。10ヶ月の赤ん坊が、庭に寝転んで自然の下で春を味わい、庭木を切った焚き木で煮炊きし、青空と梅を見ながら、本当に美味しいご飯を食べる。毎日がこれでなくても、時折にこんな夕餉を囲む幸せがあり、これ以上何を望むのだろう。

 もちろん、夕食のレバーはスーパーで購入し、ワインは遠くチリから輸入されていて、井戸水は電力会社のおかげさまで電気ポンプによってくみ上げ、現代文明にどっぷり浸かりながらの幸せでもある。とはいえ、これ以上、リニアモーターカーを敷設し、原発を再稼動し、インターネット文化に依存し、持続不可能な美食文化を追いかける、そんな未来、本当に、必要なんだろうか。政治家の皆さん、官僚の皆さん、大企業の皆さん、いったい何をそんなに求めるのでしょうか。 国際関係の中で、必要最低限の、国力の確保は、ある程度の規模で考える必要はある。しかし、それ以上の幸福って、今日のこの、我が家の庭での一日以上に、そんなに考え付くもんなのかね。


 同級のエリート諸君たちからも、日本を牽引して来られた先輩方々からも、就職活動に汲々する後輩の皆さんからも、この答えってあんまり聞いたことない。


 みんなは、いったい、何を求めてるの? 


 少なくとも我が家の幸せは、こんな一日が、時々訪れる日々なんだ。
 そう確信しているのです。


 
第八候: 啓蟄次候
【桃始笑(ももはじめてさく)】
=桃の花が咲き始める=
 (新暦3月11日頃〜3月15日頃)
七十二候を“ときどき”取り入れています※


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2015年02月27日

解放へ

睦月九日 晴れ


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 早春の雨が田畑を濡らし、今日は春一番。土も、梅も、一輪、また一輪と、花を広げ始めた。

 春を待ち焦がれている、と言ったら百姓らしいだろうか。

 模範的な百姓とは程遠い、小生。厳しい冬風、冷たい雨の合間にのぞかせる、うららかな陽気に喜びながらも、実は内心、ざわついています。春が来たら、ジャガイモ植えないといけない。そもそも、春作業が始まるまでの準備作業も終わってない。作付計画も、なぜだか心が滅入る。

 自然農は好き。今日も畑に出て、若草の芽吹きに、ワクワクもしていた。それと同様に、また今年も始まる野良仕事に、憂いもしている。


 キーワードは、きっと、「身の丈にあった自然農でいたい」ということなんだと、直感している。誰のための自然農なのか。誰のための人生なのか。もっと好き勝手でいい。もっと自分を解放していい。

 今年、2015年のテーマは、「解放」に決めた。

 やりたい放題、したい放題、自然は、いったい、どこまで寛容なのか。そして自分は、どこまで、自分に寛容でいたいのか。ますます、人生を楽しむべく。

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第五候: 雨水次候
【霞始靆(かすみはじめてたなびく)】
=霞がたなびき始める=
 (新暦2月24日頃〜2月28日頃)
七十二候を“ときどき”取り入れています※

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2015年02月15日

のぐそ

師走廿七日 晴れ

 ねえキミ、野グソしたことある?
 大地に、「愛のお返し」したことある?
 
 小学生低学年の頃、学校で大をするのが恥ずかしいという風潮があり、どうしてもトイレに入れずに、我慢したままの下校したあの日。家に着く直前に、いつも会うたびに追いかけてくる野良犬(当時はあちこちに野良犬いたなあ)と目が合い、下半身の不調を抱えたまま、いそいそとその路地を走り抜ける。なんとか犬から遠ざかり、あと一歩、家の門が目に入ったその瞬間、どこからともなく訪れた安堵の気持ちとともに緊張の糸は切れてしまった。そんな悲しい思い出が、小生の糞ライフの、いちばん古い記憶である。 もっとも、これは野グソではない。
 
 人生でもっとも記憶に残っている野グソは、古代遺跡のジャングルの林の中で営まれた。学生時代、中米へ旅し、グァテマラのとあるマヤ遺跡に訪れたことがあった。ジャングルの中のその遺跡は、観光地化されきらずにただただジャングルの中に屹立する苔むしたピラミッドや遺跡群が、熱帯雨林の木々とともに雑然と存在していた。下手な野球場よりもずっと広いようなその遺跡には、公衆便所の数など当然限られていた。旅にも食事にもなれ、体調も万全の頃だったが、不運は突如訪れた。
 朝に食した現地屋台で買い求めた、野菜とチーズのピタパンのサンドイッチ。おそらくあれだ。中南米での下腹の不調は急転直下にやってくる。遺跡の真ん中のジャングル然とした林の中から、入り口付近のトイレに駆け込む余裕は、もはや小生には残されていなかった。幸い、午前中も早い時間、あたりに人はいない。南無三と木陰に駆け寄り、遺跡と共に歴史を重ねてきた大地に、身を任せたのだった。
 それが、海外での、嬉し恥ずかし初野グソであった。もちろん、周囲の土を盛り、落ち葉枯れ枝を被せ、匂いや散策の観光客へ迷惑のないように、最大の配慮をして、ピラミッドをあとにしたのだった。

 その後の海外での、不測の事態には、たいがいなんとか対応してきた。外でするほうがまし、というような便所しかないような場所だってある。蚊に刺されることを気にしなければ、案外、大自然には、心地よいスペースが広がっていた。


 それに比べて、ここ日本で、大地へお返しする機会は、滅多に訪れない。小生も、東日本大震災での停電により便所が機能しなくなった数日間、周囲の林の中で用を済ませた以外、自らの選択をもって野グソをすることなど、考えてみたこともなかった。

 その日本、この日本で、野糞歴41年、大地に還した ウンコが一万三千回を数える、偉人が存在する。その彼の名は伊沢正名氏。もはや革命ともいえるその実践者の手にかかれば、野糞という行為は、「大地への愛のお返し」という、崇高な使命に変わる。それでいて風貌は、一介のサラリーマンのような、研究者のような、そこいらにいるメガネをかけた素敵なオジサマ(実に常識人たる格好をされている意味において)なのである。

 昨年、ふとしたことから伊沢さんの情報を耳にして、講演の動画を拝聴した。それから2時間、釘付けとなった。衝撃、であった。そしてその衝撃から一年。ようやく、お招きする幸運に与ることとなった。

 
 何故、ひとは大地から離れてしまったのか。そして何故、いまこそ野グソなのか。

 全てが明らかになる一日。


 あなたにとっての、自然とは、環境とは、エコとは、全ての概念がイチからひっくり返ります。

2/21(土)糞土師 伊沢正名氏 講演会&ワークショップ
=2015年2月21日(土) 開催=

 只今絶賛、参加者募集中!




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 震災時に、隣の林に還した、私の愛の、4年後の姿。本邦初公開。
もちろん、土に埋めてあるので、枯れ葉しか見えないですけど。


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2015年02月13日

前夜

師走廿五日 晴れ

 旧暦に生きているわけではないが、このところ、師走をめいっぱい走っている。
 そもそもが、イベントに奔走したり、インターネットでの宣伝、広報、告知、集客に、向いているわけではない。

 パソコンに向かいメールの文面を考えることと、自然農の畑で春に向けて区画の整理をすることは、いったい同価値なんだろうか。Blogのひと記事ひと記事を追われるように暮らしていくことと、大豆の鞘を叩いて叩いて脱穀することも、同価値なんだろうか。

 いや、そんなのわかっとるがな。

 どっちにしたって、意味も価値も、比べる俎上にない。
 どちらにしたって、経済的な価値の有無については、それが売上に結びついているなら価値があるのだろう。その価値が、自分にとって価値があるかどうかは、これまた意味がないことだ。


 つくいちに野菜を出荷し、開催イベントの広報に駆けずり回り、味噌作りでてんやわんやし、明日はいよいよ、2015年度のつくし農園の開園を迎える。

 今年で農園10年目。この地に移ってから8年目。


 沢山の人たちに出会い、別れ、変わらずに田畑に接していく。


 もっともっと、緩やかにいきたい。年を追うごとに、緩やかにいきたい。
 ガツガツした狼のようでいながら、羊のように草を食んでいたい。

 なんのこっちゃわからんけど。そんな気分の開園前夜。

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第二候: 立春次候
【黄鶯睍v(うぐいすけんかんす)】
=うぐいすが山里で鳴き始める=
 (新暦2月10日頃〜2月13日頃)
七十二候を“ときどき”取り入れています※


posted by 学 at 23:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然なる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月04日

鬼も福も

師走十五日  晴れ

 「鬼は内!!!」

 叫んだ瞬間に長女の顔が後悔と困惑の表情に溢れ、取り戻すように、振り払うように、「鬼は外!鬼は外!鬼は外!福は内!」と連呼して、我が家の節分はクライマックスを迎えた。


 明日は立春。春が産まれる、冬の盛り。
 満月の節分を迎え、季節の節目を感じながら。


 庭の霜柱は連日のように隆起し、寒さは極まる。田畑からついつい足が遠のき、納屋や縁側に積まれた未脱穀の大豆の山に向き合う日々。そうこうしているうちに、畑の大根や里芋は零下の冷え込みに襲われて傷みが拡がってきた。毎年毎年、寒さにやられることがわかっているのに、ついつい、「今年はまだ大丈夫かも」というアホのような理屈で畑に放置し(作業が後れ)、いくつかの収穫物を、ダメに(=次シーズンの栄養に)してしまう。

 いよいよ腰を上げて里芋を救出したここ数日。今日も長女と二人で畑で作業をして、帰りは久しぶりに裸足ウォーキングで帰ってきた。裸足と言えば1月から、素足月間を過ごしている。靴下重ね履きで冷え性対策を敢行する妻に影響されて、昨年末まで重ね履きを実施していたが、足の爪の感触に急に違和感を覚え、一転して裸足健康法に振り切ってみた。もともと裸足暮らしに薄憧れている身として、無理のない範囲での、裸足での生活。そんな延長で、真冬に外でも裸足ウォークを楽しんだ。太陽に照らされたアスファルトは暖かい、日陰は冷たい、草の上は暖かい、濡れてる土は凍るように冷たい、という生の感触を、5歳の娘とともに体感して、皮膚感覚に刻み込みながら楽しんだ。

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 夕方、毎年恒例に飾る「やいかがし」作りを忘れていて、突貫工事で玄関に飾ることにした。残念ながら枯れてしまった庭のヒイラギの葉は手に入らないため、鬼が嫌う「トゲトゲ」なら同じだと、先日剪定した生垣のカイヅカイブキに棘の鋭い葉が出ていたので、それを使用。鰯の頭も用意できなかったので、カタクチイワシの煮干を丸ごと串刺しにして代用し、なんとか応用編を完成させた。


 そして豆まき。近所のスーパーでほとんど無料配布に近い形で並べていた豆会社の鬼の面を拝借し、夕日が沈んだ庭でいそいそと豆まきステージの演出に取り掛かる。我が家には、父や母が鬼の面を被って追いやられる光景はない。庭の木陰や庭石の奥に潜む(=こちらを凝視する)、リアルに家を襲おうとする鬼に向かって、大豆を投げつけるのだ。もちろん大豆とは、販売用に選別した過程で発生する、虫食いやら殻やらの屑豆たち。すっかり暗くなった庭に、今年は5人(5匹?)の鬼が襲来し、懐中電灯で照らし出されたその面を見つけた長女は、気が動転するのをなんとか抑え、近所に響き渡る大声で、「鬼は外!」を連呼したのだった。

 2月、立春を、毎年のスタートと認識したのはいつ頃からだろうか。いよいよ、また今年のひと巡りが始まる。鬼と共に、福と共に、鬼も福も内に呼び込んで、清濁合わせながらが、我が家の自然農スタイルなのだ。


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↑ 鬼!鬼! ↑  



第七十二候: 大寒末候
【鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)】
=鶏が卵を産み始める=
 (新暦1月30日頃〜2月3日頃)
七十二候を“ときどき”取り入れています※



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