注)記事の日付は太陰暦を用いております

2011年01月01日

明ける

霜月廿七日 晴れ

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 連日飲み明かして、気がつけば新暦が明けておりました。一年で一番、日本人が皆、心をソワソワさせる、除夜の鐘のカウントダウン。その集団の持つ雰囲気の高まりというのは、空気にも伝わり、そしてもれなく小生にも浸透してくるのだと実感していました。
本年もどうぞよろしく。

 元旦の畑に腰を据えて草取りを少々行った後、しばし帰省してきます。

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2010年12月25日

徒然すぎ

霜月廿日 晴れ

 冬至、天皇誕生日、クリスマスイブ、クリスマス。冬を迎えての、雑踏ではここぞとばかりに賑やかな数日が通り過ぎる。闇雲に一人でもあり、川の流れのように人にも会い、何かとソワソワしながらも、酔いにまかせて布団にもぐる日々。

駄文です
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2010年12月18日

定期便

霜月十三日 晴れ

 未(ひつじ)の畑の奥、前年までセイタカアワダチソウが繁茂し、頭上を覆う桑の大樹からの落ち葉が降り積もっていた箇所で、この秋に播種した冬野菜が元気に生育している。何年かぶりのまずまずな生育の様子を眺め、そして手に取り、口に運ぶことは、やはり嬉しい。隣り合っては生育を競う野菜たちを、間引きしては味見し、程よいものを時々に、他の方への口にお届けできるのも、やはりなお嬉しい。

 少ない量ではありながらも、幸いにも自然農の野菜を食べたいと言ってもらえる友人へ、気ままな定期便での(それは不定期便と言うべきなのだろうが)野菜セットのお届けを始めることになった。ザル籠に手渡せる分を入れて、数日おきの収穫。いらない時はいらないでもいいし、出せない時は出せないし、それでもいいよと言ってくれる間柄での、気ままな定期便。今のところこれ以上増やせるイメージは出来やしないが、ありがたく、励みにさせていただいてます。


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 朝霜に冷えるカブが、たまらない甘さを蓄え始めた。
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2010年12月17日

アクセル

霜月十ニ日 晴れ

 暖かい初冬だ、などと言っていた舌の根も乾かぬうちに、冷たい雨を越したここ数日のつくばは本格的な寒さに包まれようとしている。朝には薄い霜が降り、水バケツの表面には淡い氷が張るようになった。林に積もる落ち葉もぐっと重みを増し、その分、空が少しずつ開けてくるように感じる。冬の空の、どこかしらくっきりとした開放感は、こうした知らぬ間の落葉樹たちの営みによって作られていく。

 ひとしきり種播きの季節は休みに入り、もっぱら畑での作業は、草刈りと土の養生ばかりとなった。自然農の畑で野菜が十全に育つことが目的の一つであるならば、冬の間の土との会話は、自身が思っている以上に大切な時間だ。春から秋、作業に追われる季節では、成り行き上どうしても育てる作物の動向に注視してしまい、土にフォーカスできる分量が落ちるのは経験上しかたがない。それならば、作業の少ない冬の内に、というよりそれこそが冬の作業だとアクセルを踏んで、土の、畑の、草の、根の、状態を見て、触れて、想像して、次の春への準備を進めたい。

 今、主に野菜に育ってもらっている畑は三箇所ある。子(ね)の畑、午(うま)の畑、未(ひつじ)の畑、それぞれ、状態、今までの手のかけてきた内容が異なる。それぞれに、生えている草、生えてきた草、野菜の育ち方も違っていて、それはメモ帳であったり、頭の中であったり、記録されてきた。その各々の様子をイメージし、どんな手の加え方をこの冬にして行くかを行きつ戻りつしている。チガヤを冬の間に根から抜き切る箇所、家の裏の林や隣の桑畑からの落ち葉を持ち入れてみる箇所、畝間の溝に、刈り倒した枯れ草や周囲のセイタカアワダチソウを敷き詰めてみる箇所、一日一日、少しずつしか進まないのであるが、初春の声を聞くまでの数十日をかけて、手足と気持ちを入れて、その先に畑が整っていくはずなのだ。あくまでも、そのはず、でいいのだとしても。

 それすらも楽しめるのだから、まあ幸せ者なんでしょう、私は。いろいろいろいろ、どんなことも人生では起こりますが、時々に飲みつぶれ、友人や学友に大言壮語し、歌い、笑い、本を読み、そうして生きて、死ぬまでの繰り返しに自然農を織り交ぜて。

 また明日、畑に這って、草を抜く。それが今のところの冬の楽しみなのだから。

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 それにしても、夜の屋敷がすこぶる冷えてまいりました。
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2010年12月08日

ああだこうだ

霜月三日 晴れ

 少々温い、今年の冬初め。霜も霜柱も降りてるようで降りず、思い出すようにちらほらと凍る。もちろん日中も、長袖二枚でおつりが来る程度の暖かさ。畑作業中に通りがかった地主さんも、今年は寒くねえなあ・・・これはそのうちがつんと来っかもしんねえ、といぶかしがる。

 まあ、寒さとかはいいんだけどもね。とりあえずは。この冬は、身の回りで、色々なことが過ぎて行っております。いろいろ。
 本当は「近江屋商店」さんの宣伝もしたいし、自然農ワークショップの残像も綴りたいし、ああだこうだとあるんだけれども、毎日毎日、畑とヤギと野菜と自炊とビールとスナック菓子とアルバイトと友人と家の掃除と庭の掃除とてんやわんやと過ぎています。旧暦では師走はまだひと月先。農作業の大忙しは、まだまだもう少し先まで続く予感。脱穀して、籾摺りして、冬支度して、草刈りして、土作りして、来期の宣伝して、その先にあるほんの一息のお正月まで猛ラッシュだわね。とはいっても、新暦の年末年始の賑わいには、心浮かれるのではありますが。


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 脱穀を終えて、いよいよ籾摺りを待つ新米たち。もうすぐ、お口の中へ。
 
 
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 こちらは先月、神無月の満月頃の夕暮れ。日暮れに空気が締まる季節になってきた。 

posted by 学 at 20:14| Comment(1) | TrackBack(0) | 徒然なる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月18日

見事に

神無月十三日 晴れ時々曇り

 やおら、ぐっと冷えてきた。台風こそ数えるほどしか来なかったもののぼんやりと雨の多い印象を残した中秋を越え、立冬を過ぎた頃から、程なく冬の訪れを感じさせられる。朝に夕に空気が引き締まり、命あるものに否応なしに寒さへの準備を迫るような、そんな勢いのある寒さ。
 田畑は、その空気を柳腰に受けて、ぐんと色を褪せさせていく。一週間前までは、枯れ色の中にもどこか生命力の残りを宿すような薄黄色で一面に広がっていた茅(チガヤ)の群生地が、この数日で目にもさやかに黄金色に霜枯れてきた。それはそれは見事に。

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 その見事な季節の移ろいに急かされ、百姓は遅れている種播きに鞭を入れることになる。あまりの生育の悪さに、この夏に意気を落として雑草を群生させてしまっていた畑に、空豆とエンドウを播き終わらせなければならない。まずは、指の太さ、背の高さほどに生え茂ったセイタカアワダチソウやオオマツヨイクサの茎を、一部は北西の筑波山からの風除けふうに畝上に残しながらも、ずんずんと刈り倒していく。ふと、枯れ茎のジャングルの中、ほんのりとした色味が目に入る。誰が、いつ種を残してきたのかはわからないが、それは野菊であった(はたして本当に野菊なのかはわからない)。空豆にも、エンドウにも、種播きに邪魔にならないような場所に、すまなそうにしながらも、媚びることなく見事に花を咲かせていた。

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 まだまだ、今月いっぱいは遅れた鞭で尻を叩く羽目になりそうであるが、この季節の昼にかく汗は、一年で一番気持ちが良い気がする。まだ慣れない寒さに及び腰になる人間を尻目に、着々と根を伸ばす冬野菜や野生の花々を見て、自然の力強さを感じるのも心地良い。この季節の、こうした焦燥感と期待感の心地良い混在は、なんとなしに、冬に備えて餌を貯め込む野生動物の遺伝子から通じているように思えるのは、ちょっとメルヘンですかな。
posted by 学 at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然なる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月10日

「話す・聴く」小論

神無月五日 晴れ

 いつもの友人たちとの会話、仕事場でのコミュニケーションとはどこかルールの異なる、じっくりと「話す・聴く」という時間。小生とダンズテーブルのダンさんが共同開催する「自然農と想いを巡らす一日」では、「自然農」を中心に置きながら、一方で「話す」ことと「聴く」ことにも耳を傾ける一日を過ごしていく。我々が少なからず確信しているその面白さについて、少しゆっくりと考えてみたい。

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2010年11月09日

小春日和にて

神無月三日 晴れ

 昨日の立冬をつくいちで迎えた。冷たく湿った朝露に煙る早朝の畑で冬菜を間引きし、朝めしに雑草を食べさせたヤギを車に載せて家へ戻る。少し恐がっていた腰(まだギックリはしていない)はどうやら回復傾向に向かっているようで、友人にお借りしたサポーターのお蔭もあって、軽作業であれば問題はない。

 前日の集合日での暖かな陽気を期待して少し薄着で家を出たが、陽射しが遅れて、秋の寒さを感じる開場となった。来場者の出足は上々。サツマイモ、里芋、菊芋、生姜といった土モノに加えて、間引き菜(今回のつくいちでは「早摘み冬菜」と命名♪)の緑色も加わり、久しぶりに彩りと品揃えに賑わう雑草屋本舗のスタッフにもついつい笑顔がこぼれる。

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 朝の寒さもいつのまにか太陽に押しやられ、中央公園の芝生は、月に一度の青空市場を楽しむ方たちであふれていた。小春日和とファーマーズマーケット。子細は抜きにしても、この相性の良さについては異論はあるまい。売り手も買い手も雑談しながらいつのまにか時間が経過し、早締めが続いたここ最近では珍しく、気が付けば終了予定の14時を回っていた。

 田畑はまだまだ途上の自然農。その途中の折々に触れるこうした作り手の小さな喜び。先ははるかな道にも見えるが、こうした補給があって、さらにもう一歩前に歩ける。いつもお手伝い&協力していただいているguさん、sちゃん、感謝感謝です。自然農の野菜を、わざわざ雑草屋本舗でお買い求めくださる皆様、本当にありがとうございます。


 さて、またがんぱっぺー。 今週は、(もうほぼ回復した)腰の養生に専念しますぜ。


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2010年11月06日

長月廿九日 晴れ

 備忘録として。

 呆然とする今年の夏の暑さを思い出す暇も無く、庭に畑に落ち葉が落ち始めたと思うと、木枯しが吹き、稲は枯れ色に染まり、気付けば暦どおりに霜が降りはじめた。葉物野菜の秋播きの頃はとうに過ぎ、稲刈りも、豆の播種も、芋掘りも、目の前に覆い被さらんとする10月の下旬であったが、ここぞとばかりに長年の懸念事項であった腰を痛めることとなった。

 腰についてともかく言うのも野暮であるので割愛するが、とにかく、大きく体を動かせぬ日々が続いた。その間にも、枝豆は熟し、稲は台風で傾き、種播きスケジュールは後ずさりし、いよいよ、霜まで降り始めた。秋が深まれば、生姜も、里芋も、サツマイモも、地上部が霜に融け、収穫が面倒になる。目の前には、収穫と種播きと草刈りと冬支度と、しばらくは腰も落ち着けない日が続くというのに。これいかに。

 週末のつくし農園の集合日と日曜日のつくいちまで、できる範囲で仕事をして、後はしばらく体を休めるのに専念しよう。焦りは禁物。体も、田畑も、時間が必要な時があるのだ。こちらの(目の前の)都合だけで考えるのではなく、全体を俯瞰して。どこに自分が、どこに田畑が「いる」のかをできるだけ見ようと努めて。

 老いるには、まだ、もうちょい、しばらくは、先なのだからね。


 
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 〜晩秋の 霜にせかされ 掘る生姜 〜


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 〜ゴザ寝して 動けぬ身から 仰ぐ秋 〜
 

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 〜曲げられぬ 腰を笑うは 混み菜かな 〜 
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2010年10月10日

無題

長月三日 雨のち晴れ

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 程よく雨が訪れ、程よくお日様が降りそそぎ、種蒔きしたそれぞれの芽が、程よく発芽ごろを迎えている。この具合の良さに、あとは程よい土が用意されれば、心地良い自然農の畑が万全に展開されるのだと思う。まだまだ発展途上の我が雑草屋の畑を尻目に、このところ、つくし農園の中に心地良い畑空間を整わせつつあるプレーヤーの方達がいて、本当に嬉しくなる。この2年、3年の間に様々な要因に悩み、考え、そのたびに手足を沿わせて対応されてきた先に、「ひょっとして、この土はとてもいい感じかも」とワクワクしてしまうような畑。それは私の大雑把な対応よりも地道であったり、私の主観的な対応よりも大胆であったり、各々の「自然農感」がそれぞれに発揮された、一つの自然農的な成功でもあると言える。成功という言葉は、自然農を語る上では特に必要ない言葉だとも思うのだが、それでも、(例えその先にどうなるかは分からないとしても、)過去から見ての今のワクワクするような畑の様子を眺めていると、「失敗」とは程遠いなあと素直に思えるのだ。

 そんなプレーヤーの方の区画を見て、自分の来年、再来年の畑に大きく希望を持ち、また一方で俯瞰して、全国で楽しんでいる自然農の諸先輩方の畑を思い出しては、やはり自然農の正しさ(間違いの無さ)に一歩確信が深まることになる。

 効率や、経済性や、成功や、発展といった言葉側からは、もしかしたら批判されるかもしれないとしても。


 まだまだ手探りで、我こそが「自然農」についてもっと知りたいと思っている小生ではありますが、晩秋に一つのイベントを開催することになりました。=======================================
 第2回自然農ワークショップ in ダンズテーブル

 『自然農と想いを巡らす一日vol.2』の開催

 興味のある方は、こちらからのアクセスを。
 心よりお待ちしております。
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一昨年前の第1回では、こんなことに想いをめぐらせていました。さて第2回目の今回はいったい。

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実れ赤米。
posted by 学 at 17:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 地に足つけて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする